忠臣蔵 赤穂浪士の討ち入りの真の目的は?磯田先生が明かす歴史の「新真実」とは?仇討ちは「就活」が目的?

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忠臣蔵 赤穂浪士の討ち入りの真の目的は?

新説!所JAPAN 11月25日(月) 22:00~22:54 放送

MC 所ジョージ
アシスタント 谷元星奈(関西テレビアナウンサー)
ゲスト 磯田道史(歴史学者)、鈴木福、パックン(パックンマックン)、眞鍋かをり
ロケリポーター 庄司智春(品川庄司)

磯田道史先生のプロフィール

磯田道史(いそだ みちふみ、 1970年(昭和45年)12月24日 – )は、日本の歴史学者(日本近世・近代史・日本社会経済史)。
国際日本文化研究センター准教授。

役職
2004年(平成16年)茨城大学人文学部助教授
2007年(平成19年)同学部准教授
2008年(平成20年) – 2011年(平成23年)国際日本文化研究センター客員准教授
2007年(平成19年) – 2009年(平成21年)読売新聞読書委員、永青文庫評議員
2012年(平成24年)東京歯科大学客員准教授、静岡文化芸術大学文化政策学部准教授
2014年(平成26年) – 2016年(平成28年) 同学部教授
2016年(平成28年) 国際日本文化研究センター准教授 (引用:Wikipedia

赤穂事件

赤穂事件(あこうじけん)は、18世紀初頭(江戸時代)の元禄年間に、江戸城松之大廊下で高家の吉良上野介(きらこうずけのすけ)義央に斬りつけたとして、播磨赤穂藩藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)長矩が切腹に処せられた事件。さらにその後、亡き主君の浅野長矩に代わり、家臣の大石内蔵助良雄以下47人が本所の吉良邸に討ち入り、吉良義央を弑し、当夜に在邸の 小林央通、 鳥居正次、 清水義久らも討った事件を指すものである。(引用:Wikipedia

2016年12月14日付けの「東洋経済オンライン」のツイッターのつぶやきを発見

【「忠臣蔵」の美談は、ほとんど大ウソだった!】 赤穂義士、仇討ちは「就活」が目的?

東邦大学付属東邦中高等学校で長年教鞭をとってきた歴史家の山岸良二氏が、「忠臣蔵の真実」を解説する。

討ち入りが行われた「本当の理由」は?
少なくとも、前述の「主君の無念を晴らす」ためではないでしょう。
それらはあくまで「表向きの理由」で、じつは彼らの「本当の狙い」はまったく別にあったと考えられます。
大石ら47人の旧赤穂藩士は、「義士」を装い、主君の「あだ討ちに見せかけた芝居」を演じました。
そして、これを大々的に世間へアピールすることで、自分たちの「より高待遇での再就職」をもくろんだ節があるのです。

そもそも、「主君のあだ」という意識そのものが、あまり一般的ではありませんでした。
むしろ、そのときの彼らの現実的心境は「浪人生活への恐怖」です。
「なんとか再び仕官する道を見つけて、現状を脱却すること」こそが最大の関心事でした。
そのための秘策こそが「あだ討ち」だったのです。

引用:「忠臣蔵」の美談は、ほとんど大ウソだった!

終わりに

忠臣蔵 赤穂浪士の討ち入りの真の目的は?磯田が明かす歴史の「新真実」とは?仇討ちは「就活」が目的?

忠臣蔵というものは、後になってから世間に出回ったもので本当の史実は誰も知らない。多くの歴史学者の先生たちが古い書物からひも解くという作業はとても大変な作業だ。

それらの先生方のおかげで私たちは本当の史実を知ることができるので、感謝したい。

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